理学療法士が建築家を目指してみた

「理学療法士」兼「介護支援専門員」の30代後半の医療介護福祉従事者が、「建築家」を目指し一念発起。住まいや環境などについて考えたことや、自分自身の考え方などを発信していくブログにしていこうと考えています。医療介護福祉関係の方、建築関係の方問わず、様々な意見を頂ければ幸いです。また、30代後半からの転職を考えている方にも何か参考になることがあればと思います。

2年目を迎えて

 大阪に転居して1年が経ち、現在の生活も2年目に入りました。

 昨年から続くコロナ禍はまだまだ先が見えず、収束の「し」の字も出てこないような状態であり、まさにここ大阪が昨日4月10日には新規感染者918人と、1日1,000人以上がいよいよ目前に迫ってきています。

 

 そんな中での昨年1年の自分自身を振り返り、今年度をいかにして過ごしていくか、ということについて考えましたので書いてみようと思います。

 

 昨年度は慣れない環境での仕事と学校という生活が、先にも述べた通りコロナ禍の混乱の中でスタートしました。

 学校の授業開始時期が遅れ、通学ではなくオンラインで在宅での授業になること、という状況がありましたが、その件については以前の記事にも書いた通り、時間を有効活用するために『資格取得』という道を開いてくれるという結果を生みました。平常通りの授業開始となっていたら、宅建士はじめ資格取得のための勉強に費やす時間が取れなかったかもしれません。時間が取れたとしても、心と身体の余裕が持てなかったかもしれない。そういうふうに思います。

  ↓資格の勉強をしようと決めたことが書いてある記事はこちら。

ms-trss.hatenablog.com

 元々出不精な性格もあるため、コロナ禍における外出自粛の流れがなくとも休日は自宅に篭っていたかもしれませんが、大阪に来てからこの1年で「観光」的な目的で外出したのは1回だけ。歴史の教科書で見て、どうしても前から一度行ってみたかった「仁徳天皇陵」に行ったことだけです。出不精ではありますが、せっかく大阪にいるので関西圏内の有名な建築物を色々と見て回りたいとも思っているのです。でも現在の仕事の関係もあって不要不急の外出は控えなければならないことも事実。今夏くらいから少し外出機会も増やしていきたいなぁ、と、感じるところです。

 

 この一年一番きつかったことと言えば、何より家族と離れて過ごすことです。子供たちの成長を近くで見てあげられない、抱っこしたり、手を繋いで歩いたり。テレビ電話で顔を見ながら話をできる時代にはなりましたが、やはり満たされないものがあります。

 家族との物理的な接触、ふれあいは、そばにいる時には当たり前のことでありましたが、その当たり前がどれだけ心と身体に重要なことか。離れて過ごしてみて本当に強く感じます。

 人間の幸福を感じるホルモンが3つ挙げられますが、セロトニンオキシトシンドーパミンのうち、大切な人との触れ合いにより分泌されると言われるオキシトシンによる効果を明らかに享受できていない状態です。

 

 人生を転換する為には、何かしら犠牲を払わなければならないこともあります。何を犠牲とするかは人それぞれであるとは思いますが、私の場合は、『家族と過ごす時間』を犠牲にしていると言えます。

 この一年、何度も『家族と過ごす時間』を犠牲にしていることについて、考えさせられたことがありました。

 本当にこれで良かったのか?

 家族との時間を犠牲にしてまでやるべきことだったのか?

 これが本当に家族の幸せになっているのか?

 一度そのように考え出すと、大体良い方向には考えにくい為、気持ち的に落ち込んでしまうこともありました。

 

 何かを犠牲にする時、それを「犠牲」と強く感じてしまうと、きっと、その犠牲に見合った見返りを求めてしまうのかもしれません。

 これだけの犠牲を払っているのだから、良い結果が出て当然だ!

 これだけの犠牲を払っているのに、それに見合う結果が出なかったらどうしよう。

 これだけの犠牲を払っているのだから、結果を出すためにもっと頑張らないと。

 このように考えてしまうと、「犠牲」に囚われてしまった状態になってしまいます。この囚われた状態というのは、書いて字のごとく、「人」が囲いの中に閉じ込められてしまっているため、自由に動くことができなくなった状態のことを指します。精神的な自由さを失うことは、行動を消極的にしてしまい、数あるチャンスを逃してしまうことになりかねません。そのことがさらに悪い結果を招いてしまうことは目に見えています。

 

 確かに「犠牲」を払って進んできた道ではありますが、決してその犠牲に囚われることなく。

 辛いものは辛い。寂しいものは寂しい。

 犠牲に「囚われる」のではなく、犠牲を「受け入れる」ことで、もっと積極的に今自分にできることを考えて行動に移していくことができるのかな、と感じています。包含関係で言うと、犠牲に含まれるのではなく、犠牲を包み込むイメージで。

 

 これから転職や人生の転換をしようと考えている方もたくさんいらっしゃると思いますが、おそらく現状が変わることで払わなければならない犠牲についての不安のためになかなか前に進めないことも多いかと考えられます。

 何かしらの犠牲は払わないといけないのは間違いありません。それが家族との時間なのか、お金なのか、自分自身の自由な時間なのか、人間関係なのか、社会的地位なのか。人それぞれの犠牲を払った上でやっていかなくてはならないとは思います。

 しかし、犠牲を払うリスクを中心に考えていては、犠牲に包まれた中で行動していては、選択肢を狭め、たくさんあるチャンスを逃してしまうことになります。考え方一つで変えられるものなのであれば、変えてしまってもいいのでは無いでしょうか。自分の目の前に広がっている世界は、自分の心一つでどうにでも変えられます。全て、自分の心が決めることです。

 

 なんか宗教のようになってきましたが(汗)、実際に人生の転換期を迎えてみて、このような生活を過ごしてみて、本当にそう感じています。

 

 そうなると、今年度をいかに過ごしていくか、と言うことについては、昨年度以上に積極的にできることをやっていく、と言うことに尽きるのかな、と思います。

 昨年度から引き続き、資格取得に邁進し、建築の勉強、就職活動、建築士試験勉強と、時間を有効に使いながら「貪欲に」努力して行こうと思います。