理学療法士が建築家を目指してみた

「理学療法士」兼「介護支援専門員」の30代後半の医療介護福祉従事者が、「建築家」を目指し一念発起。住まいや環境などについて考えたことや、自分自身の考え方などを発信していくブログにしていこうと考えています。医療介護福祉関係の方、建築関係の方問わず、様々な意見を頂ければ幸いです。また、30代後半からの転職を考えている方にも何か参考になることがあればと思います。

自己紹介です。

※2021年1月更新

 

私のブログをご覧いただき、ありがとうございます。

 

はじめまして。

國生 満(こくしょう みつる)

と、申します。

 

私のこと(2021年1月現在)について書かせていただこうと思います。

 

 

生誕

昭和58年(1983年)、鹿児島県鹿児島市にて生まれる。

生誕以後、今回の大阪転居に至るまで30数年鹿児島県内にて過ごす。

 

 

経歴

 平成14年 鹿児島県立鶴丸高等学校 卒業

      ~ 一年浪人生活 ~

 平成15年 鹿児島大学医学部保健学科理学療法学専攻 入学

 平成19年 理学療法士免許 取得

      鹿児島大学大学院保健学研究科博士前期課程 入学

      鹿児島市内の病院に勤務

 平成21年 大学院前期課程 修了

 

 平成24年 指宿市内の病院に勤務

 平成30年 介護支援専門員の資格を取得

      理学療法士 兼 介護支援専門員 として勤務

 平成31年 介護支援専門員 専従として勤務

    令和2年  大阪工業技術専門学校 建築II部(夜間) 入学

      大阪府内の病院で理学療法士として勤務しながら夜間通学の生活

      宅地建物取引士の資格を取得

  令和3年 2次元CAD利用技術者試験2級の資格を取得

      2級建築施工管理技術検定(学科のみ)に合格 ←今ここ

 

 家庭

 妻 と 子供3人(5歳、2歳、1歳) +犬(ミニチュアダックス

の 5人+1 の家族。

 令和2年4月より、通学のため単身大阪へ。妻と子供たちと愛犬は鹿児島生活。

 

 

 理学療法士及び介護支援専門員として、医療介護福祉の業界で仕事をしてきた私ですが、現在までの経験を活かして建築という新たな分野で自分にできることはないか?ということを模索していこうと考えています。

 

 

 私が建築関係への転職を考えた理由などについては以下の記事をご参照ください。

ms-trss.hatenablog.com

 

2年目を迎えて

 大阪に転居して1年が経ち、現在の生活も2年目に入りました。

 昨年から続くコロナ禍はまだまだ先が見えず、収束の「し」の字も出てこないような状態であり、まさにここ大阪が昨日4月10日には新規感染者918人と、1日1,000人以上がいよいよ目前に迫ってきています。

 

 そんな中での昨年1年の自分自身を振り返り、今年度をいかにして過ごしていくか、ということについて考えましたので書いてみようと思います。

 

 昨年度は慣れない環境での仕事と学校という生活が、先にも述べた通りコロナ禍の混乱の中でスタートしました。

 学校の授業開始時期が遅れ、通学ではなくオンラインで在宅での授業になること、という状況がありましたが、その件については以前の記事にも書いた通り、時間を有効活用するために『資格取得』という道を開いてくれるという結果を生みました。平常通りの授業開始となっていたら、宅建士はじめ資格取得のための勉強に費やす時間が取れなかったかもしれません。時間が取れたとしても、心と身体の余裕が持てなかったかもしれない。そういうふうに思います。

  ↓資格の勉強をしようと決めたことが書いてある記事はこちら。

ms-trss.hatenablog.com

 元々出不精な性格もあるため、コロナ禍における外出自粛の流れがなくとも休日は自宅に篭っていたかもしれませんが、大阪に来てからこの1年で「観光」的な目的で外出したのは1回だけ。歴史の教科書で見て、どうしても前から一度行ってみたかった「仁徳天皇陵」に行ったことだけです。出不精ではありますが、せっかく大阪にいるので関西圏内の有名な建築物を色々と見て回りたいとも思っているのです。でも現在の仕事の関係もあって不要不急の外出は控えなければならないことも事実。今夏くらいから少し外出機会も増やしていきたいなぁ、と、感じるところです。

 

 この一年一番きつかったことと言えば、何より家族と離れて過ごすことです。子供たちの成長を近くで見てあげられない、抱っこしたり、手を繋いで歩いたり。テレビ電話で顔を見ながら話をできる時代にはなりましたが、やはり満たされないものがあります。

 家族との物理的な接触、ふれあいは、そばにいる時には当たり前のことでありましたが、その当たり前がどれだけ心と身体に重要なことか。離れて過ごしてみて本当に強く感じます。

 人間の幸福を感じるホルモンが3つ挙げられますが、セロトニンオキシトシンドーパミンのうち、大切な人との触れ合いにより分泌されると言われるオキシトシンによる効果を明らかに享受できていない状態です。

 

 人生を転換する為には、何かしら犠牲を払わなければならないこともあります。何を犠牲とするかは人それぞれであるとは思いますが、私の場合は、『家族と過ごす時間』を犠牲にしていると言えます。

 この一年、何度も『家族と過ごす時間』を犠牲にしていることについて、考えさせられたことがありました。

 本当にこれで良かったのか?

 家族との時間を犠牲にしてまでやるべきことだったのか?

 これが本当に家族の幸せになっているのか?

 一度そのように考え出すと、大体良い方向には考えにくい為、気持ち的に落ち込んでしまうこともありました。

 

 何かを犠牲にする時、それを「犠牲」と強く感じてしまうと、きっと、その犠牲に見合った見返りを求めてしまうのかもしれません。

 これだけの犠牲を払っているのだから、良い結果が出て当然だ!

 これだけの犠牲を払っているのに、それに見合う結果が出なかったらどうしよう。

 これだけの犠牲を払っているのだから、結果を出すためにもっと頑張らないと。

 このように考えてしまうと、「犠牲」に囚われてしまった状態になってしまいます。この囚われた状態というのは、書いて字のごとく、「人」が囲いの中に閉じ込められてしまっているため、自由に動くことができなくなった状態のことを指します。精神的な自由さを失うことは、行動を消極的にしてしまい、数あるチャンスを逃してしまうことになりかねません。そのことがさらに悪い結果を招いてしまうことは目に見えています。

 

 確かに「犠牲」を払って進んできた道ではありますが、決してその犠牲に囚われることなく。

 辛いものは辛い。寂しいものは寂しい。

 犠牲に「囚われる」のではなく、犠牲を「受け入れる」ことで、もっと積極的に今自分にできることを考えて行動に移していくことができるのかな、と感じています。包含関係で言うと、犠牲に含まれるのではなく、犠牲を包み込むイメージで。

 

 これから転職や人生の転換をしようと考えている方もたくさんいらっしゃると思いますが、おそらく現状が変わることで払わなければならない犠牲についての不安のためになかなか前に進めないことも多いかと考えられます。

 何かしらの犠牲は払わないといけないのは間違いありません。それが家族との時間なのか、お金なのか、自分自身の自由な時間なのか、人間関係なのか、社会的地位なのか。人それぞれの犠牲を払った上でやっていかなくてはならないとは思います。

 しかし、犠牲を払うリスクを中心に考えていては、犠牲に包まれた中で行動していては、選択肢を狭め、たくさんあるチャンスを逃してしまうことになります。考え方一つで変えられるものなのであれば、変えてしまってもいいのでは無いでしょうか。自分の目の前に広がっている世界は、自分の心一つでどうにでも変えられます。全て、自分の心が決めることです。

 

 なんか宗教のようになってきましたが(汗)、実際に人生の転換期を迎えてみて、このような生活を過ごしてみて、本当にそう感じています。

 

 そうなると、今年度をいかに過ごしていくか、と言うことについては、昨年度以上に積極的にできることをやっていく、と言うことに尽きるのかな、と思います。

 昨年度から引き続き、資格取得に邁進し、建築の勉強、就職活動、建築士試験勉強と、時間を有効に使いながら「貪欲に」努力して行こうと思います。

資格を取る②〜2級建築施工管理技術検定(学科のみ)〜

 資格についての話、第2回目は『2級建築施工管理技術検定』について書いてみようと思います。

 ↓資格について第1回『宅地建物取引士』はこちら

ms-trss.hatenablog.com

 

 建築施工管理技士とは、簡単に言うと建設工事の円滑な施工とこう時間製品の質的水準の確保を図るための管理を行う者の資格であり、2級と1級がある国家資格になります。

 試験には「学科」と「実地」の二つがあり、その二つを合格して晴れて建築施工管理技士となれるわけですが、「実地」試験の受験資格として実務経験が必要であるため、私自身には受験資格がなく、「学科のみ」の試験となりました。(令和3年度より資格制度の変更があり、従前の「学科」「実地」が「第一次検定」「第二次検定」に変更となって、「第一次検定」合格者に「技士補」の資格が与えられることになりました。)

 

 私がこの資格に挑戦しようと考えた理由は、以前にも書いた覚えがありますが、まず医療業界という全く畑違いな分野から建築業界への転身を図るにあたって、純粋に知識を増やしたいという想いから、とりあえず受けてみようと思ったことがキッカケです。

 コロナ禍の影響により本来想定していた学校生活が始まらず、時間的な余裕が生まれたためにその時間を有効利用したかったという点もあります。

 ただ、勉強をするにしても、何かしら形に残る方がモチベーションを高めることにもなりますし、やはり「資格」と言うものの重要性も感じたことから受験に臨んだわけです。

 

 先日、2021年1月22日に合格発表があったのですが、結果は見事合格。ほっと一安心したところです。

 試験は11月に行われたのですが、私自身がこの資格の勉強を始めたのは4月からであり、だいぶ時間的な余裕を持って取り組むことができました。ただし、途中より宅地建物取引士の受験勉強と並行しての勉強であり(むしろ宅建士の方が難易度が高く勉強時間をそちらにほとんど取られていた)、さらに学校の勉強もあったので、実質資格勉強にかけられた時間は2〜3ヶ月程度であったように感じます。

 

 その期間の勉強の方法ですが、私が使用したテキストはこれ。

f:id:ms_trss:20210131102620j:plain

横向きですみません

 日建学院さんの「2級建築施工管理技士 学科問題解説集」です。

 ほとんどと言うか、このテキストを5回通っただけです。なぜ5回なのかというと、各問題のページの右上にCHECK欄があり(正誤を○×するところ)、その欄が5個あったので「あー、5回は通らないといけないのね」と思ったからです。

 実際のところ、1回目が一番時間がかかりました。「換気」とか「伝熱・結露」といった小項目ごとに問題を解き、知らない語句の意味を調べたり、覚えるべき数字を書き出したり。

 2週目以降は 確認 → 覚えていないところの復習 の繰り返しになり、徐々にスピードが上がってくるので、3周目くらいになると1日に進む量がかなり多くなってきます。

 

 考える系の試験ではなく暗記系の試験であるため、とにかく過去問をこなす量によるのかなー、というのが率直な印象でした。

 宅建士の試験終了から3週後の試験だったのですが、その3週間では実戦形式の勉強もしておかなければと思い(宅建士の試験前と同じ)もう1冊問題集を買いました。

f:id:ms_trss:20210131103815p:plain

Amazonさんより

 総合資格学院さんの「2級建築施工管理技士 学科・実地 問題解説」です。日建学院さんのテキストが分野別にまとめられているのに対して、こちらの問題集は年度別にまとめてあるので、時間を見ながら解答する、という方法でこちらも試験前に3回ほど通りました。

 実際の試験時間は50問中40問選択し解答するのを2時間半かけて行う試験なのですが、この問題集を行うときには50問全問を60分かからずに解答できるようになっていました。分野別のテキストで解いていた問題が各年度ごとに散らばっただけで、中身が同じなのでそりゃそうですよね。

 

 先にも述べましたが、この試験についてはとにかく過去問を繰り返し解いて覚える、というのが合格への早道であると思います。しかしながら令和3年度より制度の変更で試験内容も変更があるとのことですので、6月予定の前期試験(例年6月と11月に試験があるようです。令和2年はコロナの影響で11月のみ開催)の状況を見てから11月受験という方も多いかもしれませんね。ただ、出題者側も変更後第1回目という試験では難易度設定が難しいと思われるので、めちゃくちゃ簡単になるかもしれないし、むちゃくちゃ難しくなるかもしれないし…受験してみるのもいいかもしれません。

 

 私自身としては、変更が1年早ければ、「技士補」の有資格者になれたのになぁー、という思いです。まぁそれでも、一つ今年の目標としていた資格試験に合格できたということが良かったな、と思っています。

資格を取る① 〜宅地建物取引士〜

 先日、10月に行われた「宅地建物取引士」いわゆる「宅建士」の資格試験の合格発表があり、無事に合格することができました。

 今年の宅地建物取引士資格試験は、コロナの影響により10月と12月の2回に分けて試験が行われることになりました。私は早々に願書を提出したことから10月開催の方で受験することになりました。

f:id:ms_trss:20201213222556j:plain

試験会場。大阪にある大和大学が受験会場でした。

 10月実施の宅建試験ですが、全国の実施結果は、申込者206,461人に対して受験者数168,989人(81.85%)、合格者数29,728人で合格率は17.6%というものでした。

 今回の試験に関しては、試験後のネットへの書き込みなど見ていると、「易しかった」という意見がチラホラあり、実際合格基準点も38/50点と高めであったため、難易度としては標準的なものとしながらも、取れるところをしっかり取れていた人が合格できたのではないかと思います。

 

 実際に受験した感想としては、やはり序盤の問題でつまずいてしまい、それを後の問題まで引きずってしまった方は冷静に回答できず、基本的なことを問われた問題なども落としてしまっただろうと思います。見切りをつけられる問題は早々に見切りをつけ、確実に取れる問題に集中できたらしっかり加点できたのではないかと感じます。

 私自身は自己採点で40/50でしたが、やはり合格発表の日に自分の番号を見るまでは不安があったのも事実です。

 

 さて、今回の宅建士試験についてですが、私自身がこの資格に挑戦した理由は先の記事に書きましたが、受験するにあたって自身に課したルールがあります。

 なぜ挑戦したのか?はこちらから↓

 

ms-trss.hatenablog.com

 

 宅建試験を受験するルール。

 一つ目は独学で行うこと。二つ目は今年限り1回だけの挑戦にすること。

 

 独学で行うことについては、まず第一に時間的な制約があることが理由の一つです。仕事と学校と、そこに宅建士のスクーリングなんてとてもじゃないけど時間が取れない。しかも建築施工管理技士の資格試験の勉強も並行して行う予定だし。

 コロナ禍の影響で学校の方がオンライン授業になり、時間的な余裕ができたので資格試験に挑戦しようと考えたことは確かですが、そのために新たに何か受講するということはまず無理なので、とにかく独学で計画的に勉強することにしました。当然、金銭的な問題も大きかったわけではありますが。

 

 独学での資格試験の勉強については、自分なりの方法を確立しているところがあるので比較的スムーズに取り掛かることができました。介護支援専門員の資格試験での経験がここでも生きたように感じます。

 基本的には一度「参考書」というかいわゆるテキストを流し読みし、その後はとにかく問題集を解きすすめ、分からない部分をその都度調べる。最初の流し読みでは別に覚えようとするのではなく、「こんなことがあるのね〜」くらいの感じで読むくらいにしておいて、問題に取り掛かったときに、「あ、なんかこんなこと書いてた気がする」程度のレベルで覚えていたらラッキー、くらいの感じです。

 問題集はたくさん用いず、必要最低限を複数回行うこと。今回は問題集、参考書を合わせて3冊だけ購入しました。

f:id:ms_trss:20201213225937j:plain

基本的に取り組んだ2冊。問題集は3回通りました。

f:id:ms_trss:20201213230229j:plain

試験1ヶ月前に実践形式の問題が欲しくて追加購入した問題集。

 LECさんの「宅建士合格のトリセツ」の基本テキストを読み、基本問題集を解く。分野別に苦手な所は基本テキストを見直しながら問題集を重点的に解き直す…を繰り返し続けました。

 試験1ヶ月前になって、「実践形式の問題をやっていない!」と慌てて「直前予想模試」を購入。こちらも3回通して行い、分からないこと、新しい情報などを調べながら取り組みました。

 宅建試験用のテキストは色々な会社からたくさん出ていますが、私はこちらのテキストが自分に合っていたみたいで良かったです。他を見ていないので、比較は出来ませんが。

 

 そして二つ目のルール、今年限りの受験にすること。

 資格試験を受けるにあたって、「今年ダメだったら来年頑張ろう」は禁句だと思っています。同じ内容をまた1年勉強する、というのはモチベーションの維持が極めて難しいので、結局翌年受けるときにも同じことを繰り返す可能性が高いです。

 私自身は以前、医者を目指して医学部の学士編入試験や一般入試(いわゆるセンター試験から受けるやつ)に5年間くらい挑戦していたことがありましたが、ハッキリ、終盤は惰性でやっていた感も否めません。その経験からも、とにかく次はない、今年限りと決めて挑戦することにしたのです。

 さらに来年の受験の時期には、学校の方が忙しくなり、さらに就職活動などその他のことも大きく動き出している頃だと思われるので、精神的にも肉体的にも2度目の資格試験に挑める状態ではない可能性が高いです。

 それらのこともあり、今年だけと決めていたこともあります。

 

 兎にも角にも、なんとか一つクリアできて、ホッとしています。

 今年掲げた、「資格を二つ取る」という目標の一つは達成です。もう一つの資格試験、「2級建築施工管理技術検定」も11月に終わっていますがこちらの合格発表は来年1月末。こちらは正確には資格獲得の条件を満たすことはないのですが、こちらについてはまた後日記事にします。

 

 そして、また新たな資格獲得に向け勉強開始していきます。

製図に関するこの8ヶ月の成長について

 2020年4月から建築の学校への通学を開始して8ヶ月。コロナの影響により建築製図の授業に関しては課題を自宅で行うというほぼ独学の状態なわけでありますが、この数ヶ月の間での製図課題を見直しながら、改めて自分の成長と今後の個人的課題について考えて行きたいと思います。

 

 建築製図の練習は、とにかくまず水平、垂直の真っ直ぐな線を、太い、細いを使い分けて描くことから始まりました。私の場合基本的に0.5mmの製図用シャーペン(Pentel・GRAPHGEAR500)を使用していますが、太線、細線の使い分けはこの1本のシャーペンを傾ける角度で行なっています。

f:id:ms_trss:20201109171550j:plain

Pentel・GRAPHGEAR 500(後にGRAPHGEAR1000も購入)

 ただ真っ直ぐの線を引くーこれがどんなに難しいことか。

 まっすぐ引いているつもりでも、方眼を描くと正方形でない四角がある。つまり「まっすぐ」引けていない証拠だ。

 さらに2mm間隔の太線の中心に細線の1点鎖線を描く、高さを揃えて文字を書くなど、製図の基本を何度も練習。これができないと今後複雑な図面なんて描けるはずがない。

f:id:ms_trss:20201109171724j:plain

線の練習1

f:id:ms_trss:20201109172001j:plain

線の練習2

 線の練習の次は簡単な図形の練習。アイソメ図とそのアイソメ図の立面図、断面図を描く練習をしました。「ここで切断したらどんな図形が見えるか」とか考えながら描くのは好き。子供の頃からこういうの描くのは好きだったので楽しい。しかも平行定規使って本格的に描いていることがまた楽しい。

f:id:ms_trss:20201109173225j:plain

ちょっと図の練習になってきた

 次に練習したのが建具の練習。建具とはドアとか窓とか開口部に付いてるやつのことで、いろいろな種類の建具を描いていく。同時に「1/100」というスケール感を掴んでいく。壁の厚さはこれくらいで描くんだー、とか、ドアだけでもこれくらいの大きさで描くんだー、とか。

f:id:ms_trss:20201109174007j:plain

建具の練習。結構細かい。

 そして、いよいよ住宅の製図が始まりました。まずは木造平屋建ての住宅を描いていくことになります。基本的な図面として最初に練習したのが平面図。建物を水平に切断して真上から見たやつのことです。前回練習した建具をフル活用して描いていく。…けど何度も描いた後に間違いに気がついて描き直しの繰り返しでした。

f:id:ms_trss:20201109173615j:plain

平家の平面図。一気に建築製図やってる感出てきた。

 平面図の次は断面図の練習。先に描いた平面図をある線で切断して真横から見たらどう見えるか?を描くもの。2Dの世界から3Dの世界へようこそ。建築物は当たり前だけど立体なわけだから、常に考えておかなければならないのは「幅」、「奥行き」に加えて「高さ」になります。

 ちなみに、切断した断面になる線は太線、そうでない奥にある線(見えがかり、って言う)は細線で描く決まりがある。これが上手にできると、ものすごく図が引き締まって見える感じ。

f:id:ms_trss:20201109174525j:plain

断面図の練習。

 断面図に引き続き立面図。これは建物を外から見た時の図。この図を書く時も線の太い細いを使い分けることでよりリアリティーな仕上がりになる。1/50スケールなので細かくなったとは言えまだまだ描きやすい…のか?

f:id:ms_trss:20201109221117j:plain

立面図。玄関の引き違い戸描くのが大変だった思い出。

 そして次は、矩計図(かなばかりず)の作成。矩計図は断面図のさらに細かいやつで、どんな材料を使っているのか、材料の大きさが何mmかとかの詳細も書き込むやつ。スケールは1/20になるが描き込むものが細かいので大変。だけど、これを自ら描くことで木造建築物がどのように作られているのかを理解することができたのもまた事実。

f:id:ms_trss:20201109222218j:plain

矩計図。すごく細かい。

 ここにきて、製図の実力確認テストということで学校で製図試験が行われた。予め配布された課題図を約3時間以内に仕上げるという試験だ。前もって課題内容が分かっているので、テスト前に自宅で何度か練習。初めは5〜6時間かかってしまったが、徐々にスピードも上がり本番は2時間半ほどで描きあげることができた。しかも図面の評定はA+をいただいた。練習の甲斐があった。

f:id:ms_trss:20201109222303j:plain

実力テスト。写真はテスト課題の練習で描いたもの。

 実力テストも終わり、まだまだ課題は続く。次の課題は一般図というもの。木造2階建住宅の平面図、立面図、断面図を1枚の用紙にまとめて描く。この課題では初めて外構(家の外回りのこと)についても描くことになる。これを描いたら、本格的に建築士に近づいてきた気がするが…圧倒的にスピードが遅い。1枚仕上げるのに10時間近くかかってしまった。しかしながら、これからこの図面をもっと短い時間でしかもさらに綺麗に描くことができるようになると思うと楽しみでしょうがない。

f:id:ms_trss:20201109223401j:plain

一般図。建築の図面らしくなってきたかなー?

 11月9日現在、また新たな製図課題が出されている。早めに取り掛からねばと思うが、昨日までの資格試験の疲れがあり先週は手が付かなかった。まぁ、今週頑張ろう。

 こうして振り返ると、この8ヶ月で全くの素人だった私がこれだけの図面を描くことができるようになったことが喜ばしく感じられると同時に、これからさらに上達していけることに対する希望や、やりたいことを始めることに遅いということはない、年齢は関係ないということを改めて感じることができた。

 

 製図は技術であるため、とにかく量を重ねれば重ねただけ上達していくと先生に言われた。人より遅れてこの世界に身を投じた自分がやることは一つ。同じ時間を過ごす間に人より多く手を動かし、考え、経験を積むこと。

 自分のため、日々精進。

病院での仕事について

 大阪に来て5ヶ月になろうとしていますが、私の現在の仕事について少し書いてみようと思います。

↓大阪に来てからの記事はこちら

ms-trss.hatenablog.com

ms-trss.hatenablog.com

 

 私は理学療法士としてリハビリの仕事をしています。今年の3月までは2年ほど介護支援専門員(ケアマネージャー)として働いていたのですが、今回大阪に来るにあたり、改めて理学療法士として勤務させていただくことになったのです。 

 

 今回私が主に担当することになったのは、「地域包括ケア病棟」という病棟になります。あまり聞いたことのない病棟であるかと思われます。

 入院することになった患者は、治療を受けることで病気を治し退院していくのですが、単純に病気の治療が終われば入院前の生活に戻ることができる…というわけにはいかない方もいます。

 高齢者に多い例として、入院前のような生活を送ることが困難となり、介護保険サービスの調整が必要になったり、あるいは自宅での生活が難しくなることから施設入居を検討したり…といったことが往々にしてあります。

 そのような場合に、60日以内という期限を設けて退院に向けた調整を行うための病棟がこの「地域包括ケア病棟」ということになります。

 

 私がこの病棟を担当させていただいた理由の一つとしては、介護支援専門員としての経験が挙げられると言えます。

 退院後の生活を考えていく上で、単に身体機能や日常生活活動だけでなはく、「その人らしい人生の送り方とは」という部分まで視野に入れた支援というのは、従来の病院ではなかなか行われていないのではないかと思われます。

 確かに「病院」という医療のサービスに求められることは第一に「心身の疾患・障害を治すこと」であり、患者自身の生き方であったり、真の意味での生活の質(QOL:Quality  Of  Life)については、介護・福祉サービスの分野が主として担う、という認識が強いためではないかと思います。

 

 そのために私自身が理学療法士としての「医療」サイドからの立場と、介護支援専門員としての「介護・福祉」サイドからの立場の両方を通して感じたことは、この「医療」と「介護・福祉」の間には、まだ「壁」とは言わずとも何かしら「仕切り」のようなものがあるのではないか、ということです。近くて遠い、何かそういうものを現場レベルで感じることが実際にあるのです。

 

 そのような現状がある中で設けられたこの「地域包括ケア病棟」という病棟は、まさにその「医療」と「介護・福祉」の間の垣根を取り払う場所でなければならないと感じます。さらに言えば、「医療」と「介護・福祉」の間だけにとどまらず、「病院」という施設がもっと地域に開かれた場として、様々な業種、様々なサービスと盛んに連携を取れる場になる可能性を持つようになることがこれからは求められるのではないかと思うのです。

 

 高齢者に限った話ではありませんが、長期入院を強いられた時に、毎日の代わり映えのしない入院生活で生きる意欲を失い、人生の楽しみを忘れてしまう、ということはよくある話ではないかと思います。そのような状態では、なんとか退院したとしても、在宅での生活を継続していくことが難しくやがて入退院を繰り返すようになり、そのまま寝たきりになっていく…そんな患者が多くいたことも確かであると思います。 

ms-trss.hatenablog.com

 

 

 しかし、その入院生活の中で、新たな楽しみとの出会いがあったら?新たな生きがいを見つけることができたなら?

 「入院」というイベントが持つ意味、人生に与える影響が大きく変わるのではないかと思います。

 例えば、入院先の病院で絵画や料理、美容、ボランティア活動、活花、植栽、読書、旅行…あらゆるサービスに触れ、それが新たな生きがいになる。そのことで退院後の生活に楽しみを持つことができ、活動量が増える。そのために病院と、各種サービス機関が連携をとり、入院患者に対しても多くのサービスを提供していく。

 それはただ患者の生活、人生だけの話にはとどまらず、地域の活性化、経済活動の活性化、健康寿命の増進など多くの分野に対してプラスに大きく働いていく可能性を秘めています。

 病院は病人が行く、ということから、どこかネガティブなイメージが強く、「楽しみ」というものに対してタブー視する傾向があるのに違いはないと思います。しかしながら、病院は「病気を治療するために行く」という場所から、「生き方を考え、生き甲斐を見つける場所」になり得ると私は考えるのです。そのためには、「病院」そのものが開かれ、多くのサービスと積極的につながりを持つことが求められる時代が来ると思うのです。

 

 以前の記事で「還元型の社会について考える」という記事を書きましたが、まさに「病院」という機関がその役割を変えることによって、地域を大きく変えることができると思います。

 今勤務させていただいているこの職場で、地域における病院の役割、そして地域の中での様々なサービスの繋がりについても考えていくことができたらと考えています。

ms-trss.hatenablog.com

 

通勤電車に揺られながら

 大阪での勤務が始まって3ヶ月。

 コロナウィルスがだいぶ落ち着いてきたこともあってか、朝夕の通勤電車も人が多くなってきました。生まれて初めて『通勤電車』を利用することになった私にとって、昨今のコロナウィルス騒動はある意味不幸中の幸いと申しますか…通勤電車の利用を始めた4月上旬は通勤電車の利用者が少なく、都会の生活に馴染んでいくにはちょうど良い刺激量(人の多さ)であったために大きな問題を生じることなく今日に至るわけです。

 今回は、『通勤』を通して感じたことを書いてみようと思います。

 

 

『通勤時間』の持つ意味が変わった。

 

 鹿児島で勤めている時の私の通勤手段は自家用車でした。片道おおよそ30分。車を運転しながら、音楽を聴いたり、YouTubeの教育系コンテンツを聴いたり、普段のことについて色々と思案したり、ただ無心で運転したり。

 『運転』という作業があるためにその時間にできることは限られていました。通勤手段が電車に変わり、今までの通勤時間に「できることが限られていた」ことに気付いた、と、言った方が正しいかもしれません。

 

 現在職場までの通勤において電車に乗る時間は片道おおよそ30分。

 

 鹿児島で勤めていたときに毎日繰り返されていた通勤のための往復約1時間の時間と、今現在大阪で勤めるようになって毎日繰り返される通勤のための往復約1時間の時間。

 この同じ『1時間』が持つ意味が大きく異なっているのです。

 

 『運転』という作業が無いため、私は何か他の作業をする時間を獲得することができたのです。

 この時間を何に使うべきか。

 先日の記事でも少し触れましたが、私はこの時間を資格取得のための勉強の時間に使うことにしました。できることの自由度が大きくなったため、より効果的に時間を使う選択ができるようになったのです。

 

 1日1時間。1ヶ月の出勤回数がだいたい24〜5日(日勤4日、半日勤務2日で週6通勤している)であるため、1ヶ月でまるまる1日分の勉強時間を確保することができます。4ヶ月続けたら100時間。1年間で300時間の時間を活用することができます。

 資格獲得のために必要な勉強時間が300時間とも500時間とも言われる中で、この時間を利用しない手はありません。

 

 このように過ごすことを決めたのは、逆に、鹿児島での通勤時間の過ごし方があったからだとも言えます。今この状況で、鹿児島にいた時と同じように通勤時間を過ごしていいのだろうか?どのようにこの時間を過ごすことが今の自分にとって有益で効果的か?ということを考えることができたのです。

 

 しかしながら、それは、鹿児島で通勤している時に消費していた1日1時間の時間を否定する訳ではありません。

 毎日朝夕30分ずつ一人で車を運転する時間は、その時の私にとってリラックスするための時間であり、様々なことを考える時間であり。

 その時間を過ごしてきたことで、建築を学ぶために大阪へ出てくるということを行動に移すことができたとも言えます。

 

 このように過ごさなければならない、ということはないと思います。ただ、環境が変わることによって、これほどまでに『時間の持つ意味』が変わるものか、ということを感じさせられるのです。

 

 

ふと、顔を上げてみると。

 

 通勤電車には毎日たくさんの人が乗っています。参考書から目を離し、ふと顔を上げて周りを見ると、私が参考書を持つように多くの人が手にし、眺めているものがあります。そう、スマホです。

 おそらく、ネットニュースを見ている人、ネット動画を見ている人、SNSを見ている人、ゲームをしている人…見ているものは人それぞれ、様々だと思います。

 

 電車の中だけではなく、街中では多くの人がスマホを片手に歩いています。

 スマホの普及により、人は簡単にネットへ接続できるようになりました。多くの情報の中にすぐ身を投じることが可能になり、いつでも人とのつながりを持つことができる社会の到来。それにより、手元のデバイスという小さな社会に人々は多くの時間を費やすようになってきているのではないかと感じられます。

 携帯電話、インターネットが普及する前、皆どのようにしてこの時間を過ごしていたのかということを忘れるほどに、多くの人がそれぞれその小さな社会に身を投じている光景は、周囲の社会への無関心の塊のように感じられ、見方によっては異様なものとして感じることもあります。

 

 時間をどのように過ごすかは人それぞれであると思うし、私自身も今まで多くの時間をその小さな社会に費やしてきているので、正しいとか正しくないということでもないと考えています。

 ただ、私自身は、通勤時間という1時間をその小さな社会に身を投じ、「今やらなければならないこと」ではないことに使わないようにしよう。そういうことに時間を使うのは「もったいない」気がする。そう感じるようになったのです。

 

 そう考えるようになったのも、やはり環境の変化により物事の考え方や捉え方が変わったからなのだと思います。

 

 通勤電車に揺られながら、色々なことを考える3ヶ月でした。そしてこれからもまた、色々と考えるのだと思います。

 通勤電車に揺られる時間は、とても有意義で楽しいものなのだと感じます。

この数ヶ月のことについて

 前回の投稿より4ヶ月…。

 ボチボチ再開しますと言いながら気が付けば4ヶ月も更新しない有様でした。反省。

 

 前回の記事を投稿してからのことを掻い摘んで書いてみようと思います。

↓前回の記事はこちら 

ms-trss.hatenablog.com

 

 

 通学のために単身、大阪へ

 

 2020年の3月中旬、前職場での介護支援専門員としての業務を終えて、4月から専門学校へ通学するために大阪へ単身転居することになりました。

 

 いよいよ鹿児島での勤務もあと数日という時になって、子供が入院になるアクシデント発生。妻と交代で病院に泊まり込み看病することになったため、ゆっくりと家族で過ごす間も無く日にちが過ぎていき、合間合間で市役所での手続きや引っ越し準備を済ませていくことに。

 それでも何とか子供も出発の前日に無事に退院することができて、最後の夜は家族全員で過ごすことが出来ました。子供が元気でないということは本当に辛いものです。

 

 本来、大阪転居時には家族全員で大阪へ行き、1週間ほど一緒に過ごす予定でした。しかしながら先述の入院に加えてコロナウィルス感染症の拡大の影響を受け、大事をとって私以外の家族はキャンセルすることに。

 そのため、鹿児島空港で家族との別れ。3人の子供達を改めて一人ずつ抱っこしてあげました。今思い出すだけでも泣けてくる。

 2020年3月25日。ついに、家族と離れての単身生活が開始したのです。

 

 

始まってしまった大阪での生活

 

 私は今年で37歳になりますが、鹿児島以外で生活をしたことがありません。全くもって初めての都会での生活。正直、不安が大きいスタートでした。

 

 そんな私を4畳半ほどのマンション一室が出迎えます。

 狭いけど、一人には広すぎる部屋。何もない、その場所から見えるあべのハルカスを望む夜景が新しい生活の始まりをしみじみと感じさせる夜になりました。

f:id:ms_trss:20200614220025j:plain

 

 慣れない環境での生活。今までとは生活のスタイルが全く異なるものになります。

 そして何より、いつもそばにいた家族がいない生活になります。

 色々と考え出せば、不安や寂しさが大きくなってしまいますが、始まったからには前だけを向いて進むしかありません。負の感情に流されてしまっては、これからの生活を乗り切ることはできない。今の自分にできることをやる。それが大阪に来た私の命題になっているので、後悔しないよう日々を過ごしていくことを決意したのでした。

 

 そして明くる日から、再び行政への手続きと生活環境の整備を開始。仕事と学校が始まる1週間後に向けて着々と準備を始めたのです。

 

 

コロナウィルスの影響

 

 大阪での生活開始はコロナウィルスの影響で大幅な変更を強いられたわけですが、学校についても大幅な予定の変更をすることになりました。

 入学式は中止。授業開始は延期。後に自宅学習及びZOOMを使ったオンライン授業が開始になるわけですが、同級生との顔合わせもろくに行うことができないまま学生生活が開始することになりました。

 私の入学した夜間部であるII部建築学科は、日中仕事やアルバイトなどをしながら通学する人がほとんどであり、その仕事も様々であると言います。約半数は建築関係の仕事をされているようですが、私が医療職者であるように建築とは全く関係ない分野から建築士を目指す方もいらっしゃるようなので、様々な人たちの出会いも楽しみにしていた私としては少し残念でしたが、こればかりは仕方がありません。

 

 仕事の方は医療職であるためテレワークなどできるわけもなく普通に開始。1年ぶりに理学療法士として仕事を再開することになりました。こちらに来てからの仕事に関することはまた後日別記事にしようと思います。

 

 大阪は東京に次いで2番目に感染者の多い都市であり、やはり感染に対する恐怖はありました。世界的に感染が広がり、多数の死者を出しているウィルスが目の前にいるかもしれない。多くの人が行き交う通勤電車を利用し、病の人が集まる病院という職場で働く身としては、感染しないことが第一です。生まれて初めて体験する通勤電車や、鹿児島とは比にならない人の多さに圧倒される「余裕」もないほどにコロナウィルスの情報に振り回される形で4月、そして5月と過ぎて行きました。

 

 何をするにしても「コロナウィルス」がまず出てくる。コロナウィルスという存在が何よりも大きかったこの数ヶ月だったと思います。

 

 

そんな中で決めた目標

 

 想定外の連続でスタートした大阪での生活ですが、想定外であったが故に決めることのできたこともあります。

 予定通り学校へ行く生活であれば、時間的な余裕が今よりも明らかに少なかったと考えられます。そこで、この「想定外に」生まれた時間的な余裕を利用して資格試験の勉強をすることにしたのです。

 

 その目標として決めた資格が、「2級建築施工管理技士(学科のみ)」と「宅地建物取引士」の2つです。

 「2級建築施工管理技士」の資格試験は学科試験と実地試験があり、私の場合建築関係の実務経験が皆無であるため学科試験しか受けられません。しかし、37歳から建築士を目指すというただでさえ人よりスタートが遅れている状態であるため、建築に関する知識を少しでも獲得するために資格試験を受験するという手段をとって勉強することにしたのです。

 「宅地建物取引士」はいわゆる「宅建」というやつで、不動産の取引を行うことのできる資格になります。不動産関係の仕事に就くことを考えているわけではないのですが、この資格を取ろうと思ったのには二つ、理由があります。一つは建築に関する法規、法令について学ぶこと、そしてもう一つは、今後、環境を変えることで地方を変えるための取り組みを行っていくことを想定した場合、不動産の取引に関する知識は必ず必要になると感じているからです。

 

 それぞれ11月と10月に試験があるため、約半年弱の学習時間があります。自宅での時間に加え、電車通勤では行き帰り30分ずつ、往復約1時間テキストを読む時間があります。隙間時間や余裕のある時間を有効に利用していけば、両方合格も十分可能かと考えています。

 

 

 このように、想定外の連続で始まってしまった大阪での生活ですが、動き出してしまえばなんとかなるものだというのが実際感じるところです。

 

 何よりも大切な、「家族との時間」を犠牲にして始めた生活。無駄に過ごすことは自分自身が許せません。厳しく言えばそういう気持ちです。

 「自分にできること」しかできないので、自分にできることを最大限努力していこうと思います。